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  用語解説 山登りの気持へ戻る 

基本的な事柄 (全部、「だそうで す」と 考えてください)

1.自我の形成(基本構造)
 脳には快楽を追求し、不快を排除するような報酬系がある。外界や体内からの感覚入力と、制御を行う出力があり、神経細胞は報酬によって伝達を強化し、不 快に よって伝達を抑制する事で学習する。 神経網の複雑さから、神経内部で2次的に発生する信号(神経興奮)も体験の一つとなって処理され、概念形成や順序だった思考につながってゆく。
 感覚入力は視床、報酬性入力は中脳の腹側被蓋野と前脳の側座核。正常に分泌されるドーパミンだけでなく薬物や電気刺激でも脳にとっては報酬となる(体に とっ ては何の報酬にもならない)。

 快・不快の体験を経るうち、脳は報酬系に忠実だった神経系の一部を現実へ適応するために分担分けする。 フロイト(Sigmund Freud)のいうエス(Es)が報酬系に忠 実な神経系、自 我が現実に適応しようとする神経系に対応する。 エスの欲望が満たされない場合、エスは騒いで神経系全体をストレス状態にし、自我は対処を迫られる。

 自我がエスから分離し自分と他者・外界を認め始めるのは、例えば母親の乳房が必ずしも自分の欲するままにならない等の現実に適応するためと思われる。
 また、歯が生えて噛み始めるころに攻撃性を身につける。攻撃の対象 は自 分を脅かす外的であるが、どうしようもない場合にそのエネルギーが自分自身に向かった場合、これをタナトス(希死願望)という。攻撃性はスポーツ等に、タナト スはサディズム・マゾヒズム等に関係する。

 一方、親など外部から教え込まれたルールは超自我となる。 超自我は多くが無意識部分に潜み、エスの欲望が直接に現実へ出ないよう無意識的・機械的に処理してくれる。しかしエスの欲望が消えたわけではなく、自我は最終 的に違う形で欲望達成へ導く必要がある。
 無意識とは文字通り脳活動の意識できない部分である(もし脳活動全てを意識するようになっていたら、意識するという2次的な過程も再認識されてしまい脳 の神 経伝達は無限に発散してしまう。意識できる範囲と2次的な過程(1回で考えられる時間)には制限がある)。
 コンプレックスや葛藤など、普段は意識されないでいても、無意識の中に作られた神経回路はリビドー(生のエネルギー)を消費し、反応の遅延などを引き起 こ す。路傍の石につまづくのも、偶然ではないとフロイト者は考える。


2.発達と課題
フロイトは3つの粘膜(口唇、肛門、性器)から快感を求める時期を提唱した。
・口唇期・肛門期(0~3歳)
・男根期(4~6歳)
・潜伏期
・性器期(13歳~)性器の結合:生殖へとつながる)。

フロイトは対応する時期の欲求不満やストレスが、エスのエネルギーを浪費する固着を 起こすと考えた。
(出生前固着:未生怨(古沢平作博士が提唱、阿闍世コンプレックス)親や世界への恨み)
・口唇期固着:見捨てられ不安、依存性、嗜好が強い、内向的、研究向き、追い詰められて力を発揮
・肛門期固着:パラノイア気質、強迫性、偏執性、守銭奴、頑固だが几帳面で秩序的
・男根期固着:自己中心・顕示欲、エディプス・マザー・コンプレックスの克服で大人へ
 (あくまで仮説と考える)

固着以外にも、エスの欲望を満たせなかった場合に自我が自分を守る行動を示す(防衛機制)。
・同一化(真似などで自分のなかに必要なものを取り込んだ気になる)
・抑圧(無意識的にエスのエネルギーを一旦止める。しかしエスの欲望は消えないで残る。
 意識的に行ったものは抑制と言う)
・退行(自我がエスに対応しきれない場合の最終手段)
・否認:問題が起こらなかったことにする 
・投影:自分が思っていると同じ事を、他人も思っていると思い込む事で納得する
・反動形成:思っている事と全く反対のことを言ってしまう
・合理化:不満足を正当化する理由をつける
・昇華:現実に実現できない欲望を、合理的な形で叶える
   昇華が理想的な解決方法と言われるが、過度になると神経症のリスクがあるそうです。
   硬く考えず、柔軟に対処し、無理しすぎないのが良いようです。

フロイトの後、色んな方向で研究され「山登りの気持ち」に出てくるマズロー(Abraham Harold Maslow)やエリクソン(Eric Homburger Erikson:フロイトの娘アンナの弟子)を参照してみた。


3.学齢(発達)とスポーツ
低学年ほど生年月の差が発達差に影響し、日本では「早生まれ」の子供が苦労するらしい。
特に体格差の影響が大きいサッカー・バスケットボールなどプロ人口にも現れているそうだ(面白くなくて途中で辞めてしまうケースがあるため)。
登山はたいてい大きくなってから始める人が多いので、影響は少ないと思う。
他のスポーツや趣味も、楽しみとしてなら大人になってから始めてみると意外にできる可能性がある。

外向性、協調性、良識性、情緒安定性、知的好奇心に与える影響が考えられるが、 遅れを挽回する努力によって、後に元と逆の結果に成長する効果もある。性格への影響は、先天的なもの、生育環境、友人の順に大きい (ましてや赤血球の抗原や、出生時の天体位置が与える影響について、あったとしても、その逆が正しいとは限らない。血液型による差別やいぢめにつながった例が ある。だいたい誰にでも当てはまるような結論が多い、バーナム効果ではないか?)。


4.まとめ
まずはエスを管理するに十分な自我を発達させる事が重要と思われる。
 思春期を過ぎるまで前頭前野は十分発達しておらず、言っても聞かず手こずる。
 世の中が便利で考えなくてよくなってきている、忍耐や主体性も必要。
エリクソンの発達段階を十分に体験すること(つまり生きる事)が重要と思われる。
 固着などから解放され、自由で柔軟な自我、他者への理解へと進みたい。
自己同一性のリスクと適応は常に続く(適応を要する変化や喪失がある)。
その中で自己実現なり自己超越なり、機会があればやればよい。

発達を阻害する要素は多い。物質的には豊かで便利になったが、反面で自我が骨抜きとなり、社会が複雑になって子供たちの本来的な力を奪い取っていないか?  大 人も働きすぎやストレスにやられそうである。


自己超越関連用語
・フロー体験
 調子に乗ったときに感じられるフロー特性を持つ体験の総称で、行為と対象の区別が希薄となり、行為や仲間と一体化したような感覚があります。 時間感覚が希薄となり、楽しい体験が短く感じられるような感覚があります。
 行為そのものに没頭する没入体験もフロー特性を持っています。

・至高体験(ピーク体験)
 自分が輝いたと思える、すばらしい体験のことです。与えられた体験よりも、自己実現の努力が報われた場合の方が喜びは大きい。 この時、B認識が開ける場合がある。

・B認識
 自我による防衛の必要が無くなるほど、こころ全体が内的な成長を果たしたとき、D認識の制約も必要がなくなります。 D認識から離れると、今まで目に写っていながら気付かなかった、一輪の花に潜む生命のありようや、世界の輝きに感動するのだそうです。客観的・受動的・審美的 な見地となります。(Being:存在・生命。)

 この気付きは至高体験時のB認識だけでなく、宗教的な体験の特徴とも共通しています。 自分の力が通用しないような危機(喪失体験や大病)など、自我が外部から強制的に変容を迫られる場合や、臨死体験などにも見られるものだそうです。 その過程で執我を放棄したときに開かれ、しばしば感謝と多幸感を伴い、場合によっては輝く淡い金色の光を見るとか。

・D認識
 自我の境界が未発達な子供時代は、周りを気にせず、すぐ対象に没入・同一化できます。しかし私たちは成長とともに自我(エゴ)を発達させ、自我の視点か ら世 界を把握し、制御し始めます。
 この視点をD認識と呼び、自分にとって損か得か危険か無視するかという見方です。

・重要な点は、我々のような平凡な人間でも、小さな自己実現の喜びと共に垣間見る事ができるはずだという点です。その時、子供の頃に無我夢中で味わった、 なつかしい感覚を取り戻したとしても、それは 退行ではなく、自我を超えた視点と、回復した自由が与えてくれるものだと思います。

注: (1)D認識からの解放とB認識の発現、  (2)行為や心的状態からの心理的報酬あるいは内面的充実による、感謝と多幸感、
 この両方が揃って健康的。片方だけでは全体性を欠いている。


宗教との関係
 山登りは宗教ではありませんが、山岳信仰が存在し、歩く事ではお遍路さんと共通点があるかもしれません。自分を忘れて行為に成りきり、苦労して辿りついた感 動、私はそういった心の状態を「聖地」と呼んでいます(場所ではない)。
 自力と他力に分類した場合、この文章は自力に分類されるでしょう。自力には限界があります。しかし、自我の作用と副作用を理解する事、心の深部で自己を 越え た高次な願いに気づく事、社会的欲求に依存する価値観から離れた聖地を知るならば、 自力も他力も無いと思います。

この手の話でよくある「本当の~」というフレーズは、「いささか違う」という程度の事が多い。


神経と精神の病気
 脳神経の疲弊や異常で起こる病気と、発達や適応がうまくいかなくて起こる病気に大別できそうです。もちろん両者は無関係で無い場合も多そうです。
 あまりに種類が多くて勉強しても忘れてしまいます。

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